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前橋市の旅行記【歴史・文化・芸術】

前橋市の旅行記
前橋 ,わくわく自販機ミュージアム
前橋市の地域
前橋
前橋市への旅行者
ちょめたん
前橋市の旅行時期
2016/10/18~" . 2016/10/19
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

わくわく自販機ミュージアム

草津温泉に行ったついでに自販機ミュージアムが有るというので事前予約をして行きました
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前橋市の旅行記 サンデンという会社の工場の一角にあるという感じでした...
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前橋市の旅行記 BC215年ごろ世界最初の聖水自販機のレプリカ、コイ...
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前橋市の旅行記 1950年代 ガムの自販機
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前橋市の旅行記 同じころ噴水型自販機デパートの屋上などで見かけた覚え...
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前橋市の旅行記 1960年代 なんとなく見覚え有り
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前橋市の旅行記 オートドライブインに有りましたね。オートパーラーシオ...
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前橋市の旅行記 冷蔵庫みたいなもの?
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前橋市の旅行記 これも内部に
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前橋市の旅行記 予約しないと見学できない代わりに丁寧に説明してくれま...
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前橋市の旅行記 瓶コーラ懐かしいです。
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前橋市の旅行記 ここから商品を入れる
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前橋市の旅行記 未来の自販機
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前橋市の旅行記 日付が有り
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前橋市の旅行記 動物のシルエットが動きます
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前橋市の旅行記 発電して商品を出します
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前橋市の旅行記 災害時対応自販機
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前橋市の旅行記 缶、瓶の分別例
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前橋市の旅行記 駐車場はそんなに広くは有りませんが小学生が乗ってきた...
前橋市の旅行記
前橋 ,前橋ウォーキング!明治時代の雰囲気満載の臨江閣や群馬県庁舎などを楽しむ/群馬・前橋
前橋市の地域
前橋
前橋市への旅行者
こめ
前橋市の旅行時期
2015/01/10~" . 2015/01/12
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

前橋ウォーキング!明治時代の雰囲気満載の臨江閣や群馬県庁舎などを楽しむ/群馬・前橋

2日目は前橋まで車を走らせました 前日記 「岩山の斜面に多数の穴!吉見百穴と岩室観音、茂みの先には松山城跡/埼玉・比企」 http://4travel.jp/travelogue/10971621 前橋公園に車を停めて散策 臨江閣という雰囲気のいい建物を見かけたので見てみることに 無料で見られますし、ボランティアガイドの方の話も聞けて大満足でした そのまま群馬県庁舎へ向かい、前橋駅まで歩きました レトロな建物が多く、街歩きが楽しい場所でした 前橋公園 ↓ 臨江閣 ↓ 群馬県庁舎 ↓ 旧県庁舎 ↓ 群馬会館 ↓ けやき通りを歩いて前橋駅へ ↓ 前橋東照宮
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前橋市の旅行記 2日目は昼食をとった後、なんとなしに前橋へ向かいまし...
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前橋市の旅行記 まえばしマンホール 色がついていないバージョン...
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前橋市の旅行記 なんだか雰囲気のよさそうな場所発見!
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前橋市の旅行記 古い建物が見えてきました
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前橋市の旅行記 すごく好みの外観! なんだこれは!!
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前橋市の旅行記 ひとまず周囲を見てみます
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前橋市の旅行記 見れば見るほどいい建物です 館内に入れるような...
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前橋市の旅行記 入口のボランティアガイドさんが親切でいろいろと話を聞...
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前橋市の旅行記 外では成人式帰りの人達が記念写真を撮っていました ...
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前橋市の旅行記 まったく予備知識なしで行ったのですが、建物を見て歩く...
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前橋市の旅行記 本館、別館、茶室に分かれています
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前橋市の旅行記 手洗い場 流し場かな?
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前橋市の旅行記 何畳あるのでしょうか とにかく広い!
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前橋市の旅行記 近代和風の木造建築です はじめは迎賓館として建...
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前橋市の旅行記 別館に回ってみました 貴賓館として建設されたも...
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前橋市の旅行記 正面から 時間があればぜひ館内も見てもらいたい...
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前橋市の旅行記 群馬県庁舎まで歩いてきました 群馬県で一番高い...
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前橋市の旅行記 遠くからも目立つ高いビルは群馬県の県庁舎です ...
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前橋市の旅行記 隣にあるのは旧本庁舎です 高い現本庁舎と比べて...
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前橋市の旅行記 レトロな外観は昭和初期に建てられたということで歴史を...
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前橋市の旅行記 県庁前にはゆるキャラで有名になったぐんまちゃんの石像...
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前橋市の旅行記 前橋に来たら一度寄りたい場所です
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前橋市の旅行記 群馬会館です 県庁舎の対面にあるレトロな建物で...
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前橋市の旅行記 建物の上部には時計があり、こちらもデザインだったのが...
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前橋市の旅行記 平成8年に国登録有形文化財に指定されています ...
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前橋市の旅行記 群馬県庁舎からあるいて前橋駅まで向かう際に通りました...
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前橋市の旅行記 前橋駅です 思ったより小さくて拍子抜けしました
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前橋市の旅行記 群馬駅前けやき通りを歩きます 名前の通りけやき...
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前橋市の旅行記 まえばしマンホール 薔薇のデザインで色が付いて...
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前橋市の旅行記 県庁舎まで戻ってきました 日も暮れてきました
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前橋市の旅行記 再び前橋公園へ そろそろホテルへ戻ろうかな
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前橋市の旅行記 前橋東照宮です 1624年に創建した神社です ち...
前橋市の旅行記
前橋 ,上野元総社 上野国府跡に修築されたが秋元氏が総社城を新築したため廃城となった蒼海城跡訪問
前橋市の地域
前橋
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滝山氏照
前橋市の旅行時期
2015/12/26~" . 2015/12/26
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

上野元総社 上野国府跡に修築されたが秋元氏が総社城を新築したため廃城となった蒼海城跡訪問

蒼海城(おうみじょう、群馬県前橋市元総社町)は現在はすっかり市街化されて城の遺構は見られず、僅かに残されているのは御霊神社の背後に見られる土塁の一部で、この神社も周囲の樹木伐採や土塁の削除などの開発工事にさらされまさに風前の灯の事態となっています。 築城者や築城時期は定かではありませんが、関東管領で上野国守護を任じた山内上杉氏に仕える上野・越後守護代長尾景忠(ながお・かげただ)が四男忠房(ただふさ)を上野国府に派遣、忠房は国府跡を城郭化して蒼海城と称することになり以降総社長尾氏の本拠となったようです。 天文14年(1545)山内上杉憲政(うえすぎ・のりまさ)は関東覇権の雌雄を決する河越合戦にて古河公方足利晴氏を味方に引き入れ、従来は一族同士で争っていた扇ケ谷上杉朝定(うえすぎ・ともさだ)とも同盟を結び相模統一後武蔵南部を支配下に置く小田原北条氏の勢力を駆逐を企てます。               然しながら逆に徹底的に打ちのめされ朝定は討死、敗れた長尾氏の主家山内上杉憲政は本拠上野国平井城に退去、更に天文20年(1551)北条氏康(ほうじょう・うじやす)の攻撃をうけ遂に長尾景虎(ながお・かげとら)を頼って越後に逃げこみます。 永禄3年(1560)憲政を擁して関東に出陣、北関東点在の旧上杉氏奉公衆豪族引連れ小田原北条氏を攻撃した長尾景虎(ながお・かげとら)は鎌倉鶴岡八幡宮にて関東管領職就任式を行い、晴れて上杉政虎(後に輝虎、謙信)と改め、以降毎年管領として関東に出陣し小田原北条氏と戦うことになります。        そもそも長尾一族は関東管領の地位を世襲した山内上杉氏の筆頭重臣として家宰職を勤め、任命される長尾氏は鎌倉(足利)家、犬懸家(満景就任以降は没落)、白井家、総社家があり、嫡流の鎌倉(足利)家もしくは庶流の犬懸家に若年などの理由で家宰が勤めることが不可能の場合白井家・総社家から長老が就任することになっていました。 従来から上杉氏の代理人的な立場を世襲してきた名門長尾氏も憲政が氏康によって上野国から追放され、家宰職はこの時点で消滅したにも拘らず、関東管領就任した謙信が越山できるのもこの長尾三家による協力があったればこそで、実際謙信の関東入りに呼応して総社長尾氏は支配の総社衆を引連れ他の長尾家ともども謙信のもとに馳せ参じていました。 永禄6年(1563)甲斐国武田信玄が上野に侵入、長野氏の箕輪城攻撃を経て南下する武田軍に対し総社長尾氏は圧倒的な攻撃に耐えられず落城、総社長尾氏は謙信を頼らざるを得ず越後に退去しその後裔は上杉氏に仕える事となります。 天正18年(1590)徳川家康が関東に入府すると文禄元年(1592)諏訪頼忠(すわ・よりただ)が蒼海城に入城しますが慶長6年(1601)旧領の信濃高島に移封、替わって秋元長朝(あきもと・ながとも)が1万石を以て総社に入り蒼海城を居城とします。 然しながら蒼海城は国府跡に築かれた経緯があって地形に拘束された不合理性を有する城郭で秋元氏は新たに総社城を築いて居を移したので蒼海城は廃棄されるに至ります。 御霊(ごれい)神社横に建立された長尾氏に関する説明は次の通りです。 「御霊神社と長尾氏由緒 一. 御祭神、豊城入彦命五世の孫、田道(大蛇に化身して風呂沼に住んでい た傳説の人)外上野の国に殉ぜる霊神、長尾氏の祖村岡小五郎忠通と五男鎌倉権五郎景政 一. 例祭日 十月初亥、現在は十月十九日 一. 創立年月は不詳なり、社傳に依ると往古此の地に上野国々府あり、国府に仕える役人の子弟を教育する学校あり、其の傍に招魂社ありて上野国神名帳西群馬郡の内に従四位下学校若獅子明神と記載あるは彼の招魂社なりと傳えり。桓武帝第五の皇子葛原親王より八世の後胤を村岡小五郎忠通と云い、相州に住し鎮守府将軍鎌倉権守と称す、五男を景政と云い、前九年、後三年の奥州の役に忠通副将格にて数々の戦功を立てたり、忠通寛治三年七十年余才にて陣中に病死す、景政忠通の軍を引卒して先登にたち戦う、其の後鳥海と矢記ある矢、景政引手の目にさゝる、景政其の矢をぬき取り、数日後其の矢にて鳥海を討取れり敵味方其に其の勇感賞せざる者なしと、奥州平定して朝廷は忠通に御霊の神号を賜る、一族相州長尾郷に一宇建立して御霊宮と称し長尾一家の氏神とす、景政より、四世を定景と云う。 治承四年頼朝兵を誉ぐ、定景平家方と頼朝を攻むれど後捕えられ三浦義澄に預けられ後許免されたり、承久元年一月二十七日源実朝右大臣拝賀の為鶴ケ岡八幡宮参賀の帰り道石段にて頼家の子別当公暁に殺害されたり、北條氏、公暁討伐を三浦義村に命ず、義村は直に長尾定景に命ず、定景雑賀次郎等五人の力士を引卒して鶴ケ峯後面の峯にて公暁を討取れり、兼て北條氏は三浦氏も頼朝の遺臣なれば之を滅ぼさんと其の機会を伺い待てり、宝治元年三浦氏も其の計略にはまり、三浦長尾両氏一族二百七十余人頼朝公霊廟法華堂前で自害せり、之を宝地の乱と云う。元弘三年北條氏滅び後後醍醐天皇の建武中興の世となり、足利尊氏直義も天皇方なれば直義成良親王(四才)を奉じて元弘三年関東十ケ国の行政司法権をを委任され鎌倉え入った、上杉重能を直義の家宰とす、長尾忠景は建武四年(一三三七年)には上野守護代となり後越後守護代も兼務せり、後弟景垣が越後守護代となり越後長尾の祖となる、景忠の長子清景は白井城主となり四男忠房は父景忠と共に国府を城郭化して蒼海城と称し惣社長尾九代二百十余年の基を築けり、直義は尊氏に毒殺され養子基氏の頃貞治二年頃関東も平穏に治れり、忠房鎌倉長尾郷より御霊宮を分霊して、若御子明神に合祀し現在の地に創立し惣社長尾の氏神とす、某郷土史研究家先生は、総社神社も長尾氏が旧地より現地に移転し、神社裏の貞和五年の奉塔も長尾一族が建立した物であろう推定して居ります、永禄九年頃蒼海城も武田氏の攻略する所となり御霊宮も蒼海城と共に跡形なく破壊され顕方の二男忠治、古市宿より江戸時代の始め今の地に移り御霊宮を再建修険者となって中将坊としょうし数代の後長尾山東覚院と云い明治二十二年長尾将斉の時赤石中政氏の助力に依って元惣社村各町内の寄付によって再建となりぬ、又境内の撰庚申は殿小路町阿弥陀町の世話人によって万延元年庚申年に祭礼が出来る様万延元年以前三年から石屋に依頼して元総社村中、大友村石倉村全戸から一体ずつ庚申塔の寄付を仰ぎお祭りは毎年の初庚申日  以上再建に当り記録す。       平成二年十月吉日記之  長尾貞治 記」
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前橋市の旅行記 土塁 御霊神社の背後には土塁と思われる盛土が破...
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前橋市の旅行記 土塁
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前橋市の旅行記 土塁 土塁に生えていた樹木がすっかり抜かれてあ...
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前橋市の旅行記 土塁 まるではげ山となった土塁はみじめな姿です...
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前橋市の旅行記 土塁と社殿 社殿の後に配された土塁から社殿を捉...
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前橋市の旅行記 社殿前風景
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前橋市の旅行記 御霊神社遠景 以前の神社を取り巻く風景が不明の...
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前橋市の旅行記 御霊神社鳥居
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前橋市の旅行記 御霊神社社殿
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前橋市の旅行記 御霊神社付近 脇には「御霊神社と長尾氏由緒」と...
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前橋市の旅行記 「御霊神社と長尾氏由緒」説明
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前橋市の旅行記 境内風景 社殿から鳥居を捉えます。
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前橋市の旅行記 社殿
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前橋市の旅行記 御霊神社と鳥居 鳥居の前に繁っていたと思われる...
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前橋市の旅行記 総社神社鳥居
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前橋市の旅行記 総社神社のシンボルけやき
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前橋市の旅行記 総社神社参道 年始を控え初詣の準備をしているよ...
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前橋市の旅行記 総社神社推定復原図 平安時代に上野国司が上野国...
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前橋市の旅行記 上野国総社神社略記説明
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前橋市の旅行記 神木 イチョウ・ケヤキが神木に指定されています...
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前橋市の旅行記 神木銘板
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前橋市の旅行記 総社神社の文化財説明
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前橋市の旅行記 蒼海城跡地図 蒼海神社の境内に説明文なしに蒼海...
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前橋市の旅行記 神社保管
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前橋市の旅行記 総社町周辺の文化財
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前橋市の旅行記 特製大型絵馬
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前橋市の旅行記 総社神社拝殿
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前橋市の旅行記 扁額 「上野国総社」と描かれた扁額が見えます。
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前橋市の旅行記 総社神社拝殿(市指定文化財)
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前橋市の旅行記 総社神社本殿
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前橋市の旅行記 神楽殿
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前橋市の旅行記 社務所
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前橋 ,上野総社 転封先歴代当主を祀る秋元氏菩提寺光厳寺散歩
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滝山氏照
前橋市の旅行時期
2015/12/26~" . 2015/12/26
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

上野総社 転封先歴代当主を祀る秋元氏菩提寺光厳寺散歩

光厳寺(こうがんじ、群馬県前橋市総社町総社)は慶長6年(1601)総社藩初代藩主である秋元長朝(あきもと・ながとも、1546~1828)が徳蔵寺の亮應を招いて開山したのが始まりとされます。 寺名は秋元の姓と長朝の戒名である江月院殿巨岳元誉大居士より、母親春(はる)の戒名である光厳院殿心月等清大師より秋元山江月院光厳寺と命名され秋元氏の菩提寺となります。 寛永10年(1633)二代藩主秋元泰朝(あきもと・やすとも、1580~1642)は幕命により甲斐国都留谷村に1万8千石に加増されて転封、30年余に亘る秋元氏による総社での治世は終わると共に廃藩となりますが転封先から悪政に苦しむ旧領民への支援を行っています。                              菩提寺である光厳寺は当主の意向がどうであったのかは不明ですが転封に伴って移転せず総社に留まり、以降秋元氏は宝永元年(1704)武蔵国河越へ5万石で、明和4年(1767)出羽国山形へ6万石、弘化2年(1845)上野国舘林へ6万石とそれぞれ栄転を伴う転封を繰り返すなか歴代当主を供養しています。 余談ですが泰朝は谷村転封後も領国の発展に寄与し、用水の開削や養蚕の奨励に勤めます。即ち泰朝は父の用水路開発策に習い桂川から城下までの約14Kmの堰を開削して飲み水の確保と供給を確保、また領民に桑を植えさせ絹や紬の生産を中心とした織物産業を打ち立てます。 宝塔山古墳の墳頂の平坦地に配された秋元氏歴代当主の墓地に立した説明板には次の通り記載されています。 「秋元氏歴代墓地 指定年月日 昭和56年4月27日 所在地   前橋市総社町総社1606番地 秋元氏は、慶長6(1601)年関ケ原の戦功によって総社領6千石(のち1万石)を与えられ、長朝・泰朝の2代に亘って寛永10(1633)年まで約30年間この地を治め、善政を施した。 総社領における秋元氏の主な業績は、総社城の築城と城下町の形成、天狗岩用水の開さくと新田の開発であった。 秋元氏は、寛永10(1633)年、甲州(山梨県)都留郡谷村へ1万8千石で所替えとなる。以後、川越、山形、館林と転封を重ねる間、幕府の要職につき、明治維新をむかえることとなる。秋元氏は転封後も悪政に苦しむ総社領民の支援を行い、農民も「力田遺愛碑」を建てるなどして、旧領主秋元氏への感謝の念を忘れなかった。 長朝の法名は江月院殿臣岳元誉大居士、泰朝の法名は照尊院殿道泰安居士である。」
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前橋市の旅行記 石門新設 石門の裏には総社公民館建設に伴う道路...
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前橋市の旅行記 薬医門 光厳寺の薬医門は本柱と控柱との間隔が2...
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前橋市の旅行記 五代 秋元喬房(あきもと・たかふさ)墓石(右側) ...
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前橋市の旅行記 市街風景 秋元氏歴代墓から総社公民館を一望しま...
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前橋市の旅行記 宝塔山古墳 南西側から古墳頂上を見上げます。
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前橋市の旅行記 秋元氏墓石階段
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前橋市の旅行記 市街展望 総社公民館建物及び駐車場を展望します...
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前橋 ,上野総社 陪臣から大名へ出世した総社初代藩主秋元長朝が父景朝を供養するために開基した元景寺散歩
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前橋
前橋市への旅行者
滝山氏照
前橋市の旅行時期
2015/12/26~" . 2015/12/26
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

上野総社 陪臣から大名へ出世した総社初代藩主秋元長朝が父景朝を供養するために開基した元景寺散歩

元景寺(げんけいじ、群馬県前橋市総社町植野)は総社初代藩主である秋元長朝(あきもと・ながとも、1546~1628)が父親である秋元景朝(あきもと・かげとも)の菩提を弔うため創建したのが始まりと言われています。 秋元氏の祖は下野守護の宇都宮頼網の子泰業が上総国周准郡秋元荘(現在の千葉県君津市)に居住したことで秋元姓を称しますがどのような経緯で深谷城主上杉氏に仕えるようになったのかは不明です。 秋元長朝が父景朝と共に仕えた深谷上杉氏は室町時代における鎌倉公方を補佐する山内上杉氏の庶流という名門ですが戦国時代中葉には小田原北条氏の勢力に抗することができず主家山内上杉氏は凋落の一途をたどります。              主家の没落を見限り深谷上杉氏は小田原北条氏に臣従する事になりますが、天正18年(1590)の豊臣秀吉によるいわゆる小田原征伐では主君の上杉氏憲(うえすぎ・うじのり)は小田原城に詰めることになり、家老である長朝は杉田因幡(すぎた・いなば)と共に氏憲に代わり深谷城の守備に勤めます。 長朝は秀吉派遣軍を相手に奮戦し城を持ち応えるべくあらゆる手を尽くしますが小田原城の降伏開城に伴って浅野長政(あさの・ながまさ)を大将とする秀吉軍の猛攻を予見し長政の説得に応じて開城の道を選び深谷城と城下町を兵火から守ります。 戦後深谷上杉氏は一族して信濃に移住し帰農して久保田姓に改めますが、他方長朝は深谷上杉氏が消滅したことから蟄居していましたが、智将井伊直政(いい・なおまさ)の推挙により旗本として徳川家康に仕える事となり上野国碓氷郡に5百石の知行を与えられます。                以降家康に気に入られたのか度々の加増が行われるなか、慶長6年(1601)、とうとう上野国総社藩1万石の大名に列せられます。 小田原北条氏の陪臣の身から大名に列せられたのは極めて稀でこの秋元氏の他八王子城松木曲輪を守備し討死した猛将中山勘解由家範(なかやま・かげゆ・いえのり)子息の後裔の久留里藩主黒田氏と松岡藩主中山氏だけとなります。 元和8年(1622)に嫡男泰朝に家督を譲り隠居し、寛永5年8月に83歳で総社城にて病死します。 尚長朝の子孫たちはその後甲斐国郡内谷村、武蔵国川越、出羽国山形と転封を重ね上野国舘林6万石で明治維新を迎え、その間歴代では喬知(たかとも)と涼朝(すけとも)の代に老中職を勤めるに至ります。 秋元氏廟の傍らに立てられている説明板には次の記載があります。 「秋元氏墓地 秋元氏は、上総国(現千葉県)周准郡秋元荘を領していたことから、秋元と守した。初代総社城主秋元長朝の父景朝は、関東管領上杉憲政に仕え、天正15(1587)年2月上野国(群馬県)植野勝山の地を与えられ、同年11月に病で没した。 長朝は天正18(1590)年、父景朝の供養のため元景寺を創建した。 慶長5(1600)年、長朝が関が原の戦功により総社の地を与えられたのは、ここが父景朝のゆかりの地であったことからだと考えられる。 景朝の戒名は、幼名である元景をとって春光院気山元景大居士と号した。 なお、景朝の墓と並んで、正室春(光巌院殿心月等清大姉・天正8年没)及び長朝の側室(心窓院殿華月芳永大師・寛永7年没)の墓もある。」
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前橋市の旅行記 観光案内図とモデルコ-ス 駅舎の横に観光案内図...
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前橋市の旅行記 群馬総社駅 JR上越線水上行に乗り新前橋駅の次...
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前橋市の旅行記 元景寺山門
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前橋市の旅行記 山門上部の彫刻
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前橋市の旅行記 参道
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前橋市の旅行記 本堂 本堂奥の位牌堂に総社城主秋元氏の位牌が安...
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前橋市の旅行記 山号扁額 「気雲山」は秋元景朝の戒名である「春...
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前橋市の旅行記 境内風景 境内の左区分は保育園が併設されている...
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前橋市の旅行記 鐘楼堂 何故か梵鐘が付されていません。
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前橋市の旅行記 元景寺説明
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前橋市の旅行記 観音菩薩石造
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前橋市の旅行記 石造地藏菩薩坐像標柱
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前橋市の旅行記 石造地藏菩薩坐像
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前橋市の旅行記 石造地藏菩薩坐像説明
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前橋市の旅行記 秋元氏廟遠景
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前橋市の旅行記 秋元氏供養塔
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前橋市の旅行記 秋元景朝室供養塔
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前橋市の旅行記 秋元景朝室説明
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前橋市の旅行記 秋元景朝供養塔
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前橋市の旅行記 秋元景朝説明
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前橋市の旅行記 秋元氏墓地説明
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前橋市の旅行記 秋元長朝側室供養塔
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前橋市の旅行記 長朝側室説明 二代藩主泰朝(やすとも)の母親で...
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前橋市の旅行記 秋元氏墓地標柱
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前橋市の旅行記 浅間山噴火遭難者供養塔
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前橋市の旅行記 元景寺文化財説明
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前橋市の旅行記 天明3年供養碑
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前橋市の旅行記 浅間山噴火の遭難者供養塔近景 天明3年(178...
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前橋市の旅行記 元景寺石柱
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前橋市の旅行記 元景寺石門 左右は民家が並んでいる石門から参道...
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前橋 ,上野総社 総社城主二代目泰朝の甲州郡内谷村へ転封を以て廃城となった総社城跡訪問
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滝山氏照
前橋市の旅行時期
2015/12/26~" . 2015/12/26
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

上野総社 総社城主二代目泰朝の甲州郡内谷村へ転封を以て廃城となった総社城跡訪問

前身は小田原北条氏の陪臣であった秋元長朝(あきもと・ながとも)は天正18年(1590)北条氏の没落により浪人の身となりますが後に徳川四天王の一人である井伊直政(いい・なおまさ)の推挙により徳川家康に仕える旗本に召し抱えられます。                       慶長6年(1601)、関ヶ原の戦いの功績により大名に列せられ総社に1万石で入封した長朝は上野国府跡に総社長尾氏によって造られた蒼海(おうみ)城を居城としますが傷みが激しい為この城を放棄し植野勝山に新城と城下町を築きます。 寛永10年(1633)嫡男泰朝(やすとも)が城主の頃1万8千石に加増され甲斐国郡内谷村城へ転封となりこれを機に総社城は廃されます。 城川公園に立て掛けられた説明板には次の通り記されています。 「総社城跡 慶長6年(1601)蒼海城に封ぜられた秋元長朝が、父景朝眠る地、利根川崖端と越後道街村との間に築城した平城である。植野堰の開発と築城、城下町づくりを平行して実施、慶長12年に完成した。 総郭南北780m、東西750mの同心円状の縄張で、遠構えの西は天狗岩用水を大堀とし、各郭は濠と丸野づら積みの石垣で被覆されていた。二の丸中央には遠見山古墳を利用した物見台があった。寛永10年(1633)城主秋元泰朝が甲州谷村城(都留市)へ転封後廃城となった。 本丸は利根川により崩壊、二の丸三の丸も住宅化し、旧状は堀跡の一部と物見台のみである。             平成13年3月吉日 総社地区史跡愛存会」
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前橋市の旅行記 元景寺に隣接する勝山小学校方向 左側秋元景朝供...
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前橋市の旅行記 勝山小学校
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前橋市の旅行記 勝山小学校正門
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前橋市の旅行記 総社城跡説明 公園の外周を一回りしますと説明板...
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前橋市の旅行記 総社城跡説明板 総社地区史跡愛存会製作による城...
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前橋市の旅行記 城川公園 下調べでは城跡の一部とされる城川公園...
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前橋市の旅行記 勝山小学校校庭 かつての総社城は当該小学校に建...
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前橋市の旅行記 二子山古墳池 この辺りには古墳があると持参の地...
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前橋市の旅行記 旧佐渡奉行街道総社宿 越後三国道の一宿場町とし...
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前橋市の旅行記 旧佐渡奉行街道総社宿案内板
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前橋市の旅行記 総社大神宮 総社町道路元標の石標とともに総社大...
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前橋市の旅行記 総社町道路元標 古い石柱を補完するため傍らに新...
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前橋市の旅行記 総社大神宮と総社宿説明 説明ではこの東方向に大...
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前橋市の旅行記 総社神明宮
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前橋市の旅行記 社殿横
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前橋市の旅行記 社殿
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前橋市の旅行記 神宮境内風景
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前橋 ,2015-夏、青春18きっぷ、両毛線
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前橋
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nobuchin
前橋市の旅行時期
2015/08/28~" . 2015/08/28
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

2015-夏、青春18きっぷ、両毛線

新前橋駅前で用事があり、18きっぷで行こうと前々から思っていました。今週に入ってから、折角、新前橋まで行くのなら、前橋市内の街歩きを、そして、行き方も小山から両毛線でと、泥縄式に決めました。
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前橋市の旅行記 まず、上野駅から宇都宮行きの列車で小山へ向かいました...
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前橋市の旅行記 小山は通過したことがありますが、途中下車は初めてです...
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前橋市の旅行記 コウノトリと言えば、兵庫県だと思っていました。
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前橋市の旅行記 両毛線の列車に乗り込む前に、車内にトイレがあるか、確...
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前橋市の旅行記 車両は、ロングシートでしたが、トイレの前だけ二人掛け...
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前橋市の旅行記 まずは、用事先の新前橋で下車。駅前に、このような表示...
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前橋市の旅行記 新前橋で用事を済ませ、前橋駅へ。駅前の観光案内所で地...
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前橋市の旅行記 生家跡を県庁へ向かっていくと、こじんまりとした定食屋...
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前橋市の旅行記 前橋裁判所前。ススキが、秋の雰囲気を演出していました...
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前橋市の旅行記 さらに歩くと、群馬県庁にぶつかります。通りを渡らず、...
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前橋市の旅行記 県庁の北側に前橋公園が続きます。前橋公園の真ん中を東...
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前橋市の旅行記 そして、北側は日本庭園になっています。
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前橋市の旅行記 日本庭園は、平日の昼間、人も少なく、静かでした。
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前橋市の旅行記 日本庭園の中に臨江閣と呼ばれる建物があり、内部を無料...
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前橋市の旅行記 県庁へ引き返す途中、前橋城跡一角の松並木が見事でした...
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前橋市の旅行記 昭和庁舎には、雰囲気のあるレストランがありました。メ...
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前橋市の旅行記 新庁舎にも、高層階にレストラン、地下に生協食堂があり...
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前橋市の旅行記 食堂の壁には、群馬県伊香保にゆかりの竹久夢二の絵が飾...
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前橋市の旅行記 食事を終えて外に出ると、ぐんまちゃんがいました。
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前橋市の旅行記 県庁から前橋駅までは「く」の字型に大通りが通じていま...
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前橋市の旅行記 大通りはケヤキ並木になっていて、落ちついた雰囲気を出...
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前橋市の旅行記 さて、高崎へ出て、駅前の喫茶店でひと休み。その後、湘...
前橋市の旅行記
前橋 ,群馬県の前橋城跡へ
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fuji26
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2015/05/06~" . 2015/05/06
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

群馬県の前橋城跡へ

群馬県の前橋城跡を訪ね前橋公園に行って来ました。 お城の面影はまったくなく、公園として整備されてしまっていました。 そこには明治時代に前橋の迎賓館として使用された臨江閣がありました。 臨江閣の日本庭園はすばらしく感じました。
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前橋市の旅行記 臨江閣への順路指示。
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前橋市の旅行記 門の入口にあった掲示。
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前橋市の旅行記 日本庭園。
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前橋市の旅行記 臨江閣の建物。
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前橋市の旅行記 日本庭園の入口の門。
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前橋市の旅行記 臨江閣前の門。
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前橋市の旅行記 日本庭園。
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前橋市の旅行記 日本庭園。
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前橋市の旅行記 臨江閣の入口前。
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前橋市の旅行記 臨江閣の入口の一つ。
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前橋市の旅行記 臨江閣の説明。
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前橋市の旅行記 日本庭園。
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前橋市の旅行記 日本庭園。
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前橋市の旅行記 日本庭園。
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前橋市の旅行記 臨江閣から出て公園側から撮影。
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前橋 ,上野大胡 大胡藩主牧野氏重臣から家康直参旗本となり伊勢崎藩主に抜擢された稲垣長茂実父菩提寺 長興寺散歩
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滝山氏照
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2015/01/10~" . 2015/01/10
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上野大胡 大胡藩主牧野氏重臣から家康直参旗本となり伊勢崎藩主に抜擢された稲垣長茂実父菩提寺 長興寺散歩

上毛電鉄大胡(おおご)駅から北西方向高台に位置する長興寺(ちょうこうじ、群馬県前橋市茂木町)は文明年間(1469~1486)に伊勢国から東三河牛窪(牛久保)に移り住み、有力国人牧野成定(まきの・なりさだ)に仕えた稲垣重賢(いながき・しげかた、生誕不詳~1528)の孫である長茂(ながしげ、1539~1612)が伊勢崎藩主時代の慶長年間(1596~1614)中に稲垣家菩提寺として開基し、父重宗(しげむね、1517~1594)と母の霊を供養したとされる漕洞宗寺院です。 重宗が仕えていた当時の牧野氏は駿河・遠江の太守で三河国にその勢力を有してきた今川氏に臣従していましたが義元が織田信長に討たれ今川氏の影響力低下を機に自立しその勢力を東三河に進攻して優勢になってきた徳川家康方に帰順し家康の東海道平定戦に活躍します。 重宗の嫡男長茂も祖父・父親同様に牧野氏に仕えた後家康に属して、永禄元年(1658)成定の嗣子となった康成(やすなり、1555~1609)に与力し康成と共に各地を転戦し数々の合戦で勝利に導きます。 天正3年(1575)遠江国領有を巡る徳川・武田との戦いでは、武田勝頼の重臣である馬場信春(ばば・のぶはる)築城の諏訪原城を奪ったのち、当城の城代となった康成を補佐して8年余の間勝頼の奪還を阻止した事で高天神城への補給路を断ち切り結果高天神城の落城と遠江からの武田氏撤退に繋がっていきます。 天正18年(1590)小田原北条氏没落、関東入部後は牧野氏から離れ再び家康の直臣となり、上野国山田・勢田及び下野国足利の3郡で3千石の知行を与えられ、慶長6年(1601)には上野国佐位郡(現伊勢崎市)で加増を受け1万石の大名に列せられ初代伊勢崎藩主となります。
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前橋市の旅行記 山門 上毛電鉄に沿った高台の道路から参道に入ると正...
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前橋市の旅行記 山門扁額 「碧雲堂」と記された扁額が山門上部に掲載...
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前橋市の旅行記 本堂 正式には有鷲山長興寺という漕洞宗の寺院で、愛...
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前橋市の旅行記 本堂扁額 上部には山号「有鷲山」が掲載されています...
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前橋市の旅行記 豊川稲荷神社 境内には本寺院の本寺に当たる豊川稲荷...
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前橋市の旅行記 狛狐 当該寺院には珍しいことに、狛犬ならぬ「狛狐」...
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前橋市の旅行記 史跡墓碑概説
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前橋市の旅行記 稲垣重宗夫妻墓石 説明板によれば当寺創立後伊勢崎藩...
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前橋市の旅行記 山本帯刀(たてわき)夫妻の宝篋印塔 稲垣氏同様...
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前橋市の旅行記 前橋藩酒井氏家臣村上氏数代の墓
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前橋市の旅行記 前橋藩酒井氏家臣大河内二右衛門墓石
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前橋市の旅行記 松平家家臣赤羽三蔵宗忠墓石
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前橋市の旅行記 (近隣の長善寺にも参りました) 長善寺山門 豊国...
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前橋市の旅行記 本堂
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前橋市の旅行記 境内風景 本堂から山門方向を捉えます。
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前橋市の旅行記 鐘楼 高台に建つ小規模の鐘楼が見えます。
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前橋 ,上野大胡 藤原氏後裔大胡氏建立、徳川氏譜代牧野氏が中興し菩提寺となった養林寺散歩
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滝山氏照
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2015/01/10~" . 2015/01/10
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上野大胡 藤原氏後裔大胡氏建立、徳川氏譜代牧野氏が中興し菩提寺となった養林寺散歩

上毛電鉄大胡駅から徒歩約15分、そして大胡城跡の西方に位置する養林寺(ようりんじ、群馬県前橋市堀越町)は大胡氏支配時代には同氏の居館跡であったと言われる由緒ある寺院です。 境内に掲げている養林寺縁起について次の通り記載されています。 「浄土宗 無量山月照院 養林寺縁起 鎌倉時代大胡太郎実秀といえる武将あり。浄土宗の宗祖法然上人に帰依し此の地に草庵を建て念佛修業を怠らなかった。 徳川家康公の御家来牧野康成侯は、天正18年、2万石を以て大胡城主となる。大胡太郎実秀の念佛の旧蹟成るを聞き、養林寺を創建し、念佛修業の寺とした。 百石を御朱印として寺へ寄進されたので、養林寺は上野三壇林の一つとして、名刹であった。 度々の火災に罹い、堂塔はすべて焼失したが、山門は江戸時代初期の建築である。勢多郡下唯一ケ寺の浄土宗寺院で、称名念佛の法燈を継承している。」 また牧野家墓所前に建立の牧野家墓地の説明ではつぎの通り記載されています。 「前橋市指定史跡 牧野家墓地 この墓地は、天正18年(1590)から慶長9年(1604)まで、大胡城の主として大胡藩2万石を治めた牧野康成(まきの・やすなり)の墓ほか、同室(妻)、康成の父成定(なりさだ)、子の忠成(ただなり)など7基の墓石が並ぶ江戸時代初期の大名墓である。 牧野康成は、弘治元年(1555)、三河西尾の城主牧野成定の子として生まれ、徳川家康に仕え、酒井忠次に属して、「長篠の戦」など家康の主要な合戦の多くに参戦して、数々の武力を重ねた。 康成は天正18年(1590)の徳川家康の関東入府に伴って、江戸城の北辺の守りとして大胡城に入り、大胡城を近世の城として大改修をした。 慶長5年(1600)の「関ケ原の戦」のおりに、中仙道を進む徳川秀忠の将として従軍した。 慶長9年には病のため家督を長男の忠成に譲り、慶長14年(1609)に55歳で没し、菩提寺として天正18年に建立したここに浄土宗無量山月照院養林寺葬られた。 康成の子、牧野忠成は、元和2年(1616)越後国頸城郡長峰に5万石で転封となり、同4年(1618)にはさらに1万石が加増され、長岡に転封となった。以後、牧野家は明治の初めまで長岡藩を治めた。 大胡城は、牧野氏移封後、酒井氏前橋藩の所領となり、城番が置かれた。その後酒井氏が姫路に転封されるにさいして廃城となった。」   群馬県教育委員会
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前橋市の旅行記 養林寺
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前橋市の旅行記 山門 山門の上部には徳川家の「葵の紋」を印した垂幕...
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前橋市の旅行記 縁起説明
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前橋市の旅行記 参道
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前橋市の旅行記 本堂
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前橋市の旅行記 鐘楼
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前橋市の旅行記 牧野家廟所全景
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前橋市の旅行記 牧野家墓地説明
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前橋市の旅行記 牧野家廟所門扉
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前橋市の旅行記 牧野康成宝篋印塔
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前橋市の旅行記 境内風景 本堂から山門方向を眺めます。
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前橋市の旅行記 徳川家将軍供養塔 境内には徳川将軍の墓所があり、中...
前橋市の旅行記
前橋 ,上野膳 鎌倉幕府問注所執事三善康信後裔とされる善氏築城 膳城訪問
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2015/01/10~" . 2015/01/10
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上野膳 鎌倉幕府問注所執事三善康信後裔とされる善氏築城 膳城訪問

上毛鉄道膳(ぜん)駅から北進し粕川歴史民俗資料館に向けて徒歩で約15分、膳(ぜん)城は赤城山麓の小丘陵を利用して造られた城郭で、最初の城主は善(ぜん)氏と伝えられ、鎌倉幕府問注所執事であった三善康信(みよし・やすのぶ、1140~1221))の後裔と言われています。地勢的に越後の上杉、甲斐の武田、小田原の北条など戦国大名による覇権争いの地となるなか天正8年(1580)に武田勝頼の攻撃によって落城します。 本丸跡に設置の説明板によれば次の通り記されています。 「群馬県指定史跡 膳城跡 膳城跡は、兎川と湧水による湿潤な谷地の間の丘陵性台地の先端部に位置する。南北約550m、東西約300mほどの範囲の中に濠や土塁をめぐらし、本丸の他、数区画からなる郭を形成している。 この城の築城年代は明らかではないが、鎌倉時代の文書に既に、「善」氏の名が見える。しかし、この膳城に居住していたかについては明らかではない。その後、室町時代から戦国時代にかけての文書にも「善」氏は度々登場する。戦国時代には、関東地方の覇権をめぐる北条、上杉、武田の戦記物語に度々「膳」の名前が現れる。現在見ることのできる膳城の姿が形成されたのは、この戦国時代末期と考えられる。特に天正8年(1590)の武田勝頼による東上州進攻の際の、膳城をめぐる攻防戦は「膳城素肌ぜめ」として著名である。膳城はこの戦いの後、廃城となったと伝えられる。本丸周辺の濠、土塁等は当寺の姿を良く残している。」 群馬県教育委員会 問注所:幕府の三つの中央機関は、御家人を統制する侍所(さむらいどころ)、一般政務や財政事務を司る政所(まんどころ)と共に裁判事務を担務するのが問注所(もんちゅうじょ)で、「執事」は問注所の長官の職名で、三善康信は初代長官となります。信康の経歴としては太政官の書記役を世襲する下級貴族であり、信康の母親は頼朝の乳母の妹にあたり、その縁から鎌倉へ下向して頼朝を補佐するようになります。
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前橋市の旅行記 本丸跡
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前橋市の旅行記 本丸への道 ひとまず新しく作られた歩道に沿って本丸...
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前橋市の旅行記 本丸跡 城郭の東側に廻りこんだ所に本丸跡に上がる石...
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前橋市の旅行記 膳城跡柱標 本丸跡に立つ膳城跡を示す柱票があります...
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前橋市の旅行記 本丸跡 説明板が本丸跡隅に立っています。
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前橋市の旅行記 膳城説明板 縄張と共に当該城跡の説明が書かれていま...
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前橋市の旅行記 膳上縄張図
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前橋市の旅行記 空堀 空堀が曲線(三日月形)となっているように見え...
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前橋市の旅行記 前橋市粕川歴史民俗資料館 まず当館で情報収集するた...
前橋市の旅行記
前橋 ,上野粕川 上杉・武田・小田原北条覇権争いの舞台となった梯郭式水城 女渕城訪問
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2015/01/10~" . 2015/01/10
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

上野粕川 上杉・武田・小田原北条覇権争いの舞台となった梯郭式水城 女渕城訪問

上毛電鉄新谷駅から線路に沿って東進、現在では見事に整備され「おなぶち公園」と称される公園の中に女渕城(おなぶちじょう、群馬県前橋市粕川町)があり、上野国では珍しく周囲の湧き水を引いた水城です。 二の丸に立てられた説明板によれば次のように紹介されています。 「女渕城跡 戦国時代、赤城山南麓にあった城の一つで、要害に広く水濠を用いた平城である。 築城年、築城者は不明だが、越後の上杉氏、甲斐の武田氏、小田原の北条氏などの侵略を受け、城主の変遷が多かった。 城跡は東西200m、南北450mの規模で、主要部は南北320m、最大幅90mの水濠の東側にあり、低い土居と堀をめぐらして、北から北曲輪、本丸、二ノ丸、三ノ丸(御霊曲輪)、龍光寺曲輪が並んでいる。北曲輪と本丸の東に帯曲輪がある。 本丸は東西40m、南北30mあり、広くて深い水濠で囲まれている。本丸に接する帯曲輪、北曲輪、二の丸とは土橋で通じ、西曲輪は本丸の西側の広い水濠を隔ててあり、堀をめぐらしており、その先に外濠となっていた。 天正18年(1590)小田原の北条方の城だったので豊臣秀吉の軍勢に攻められ、小田原城落城と同じく落城し廃城となった。」   前橋市文化財保護課
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前橋市の旅行記 女渕城本丸 二の丸から橋を経て本丸方向を捉えます。...
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前橋市の旅行記 女渕城西宿沼 同様に北方向まで伸びている「西宿沼」...
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前橋市の旅行記 多目的広場 縄張図では五角形の大掛かりな沼地は埋め...
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前橋市の旅行記 女渕城址見取図 当該城跡はすっかり公園化されていま...
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前橋市の旅行記 女渕城跡説明
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前橋市の旅行記 土塁跡 二の丸の隅部にはかつては立派な土塁であった...
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前橋市の旅行記 本丸土橋 城郭の中央部の本丸に向かうため土橋を渡り...
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前橋市の旅行記 十の字沼 土橋から東方向に造られた「十の字沼」方向...
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前橋市の旅行記 本丸跡
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前橋市の旅行記 本丸跡柱標 本丸跡の片隅に本丸跡を示す柱標が立って...
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前橋市の旅行記 「女渕城本丸跡」柱標
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前橋市の旅行記 女渕城跡説明
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前橋市の旅行記 女渕城縄張図 北曲輪-本丸-二の丸-三の丸を北から...
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前橋市の旅行記 北曲輪跡 本丸の北側には北曲輪がありましたが現在で...
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前橋市の旅行記 土塁 二の丸跡から三の丸跡にかけて保存状態の良い土...
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前橋市の旅行記 御霊神社裏手
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前橋市の旅行記 鳥居 公園内部の説明板によればこの神社一帯はかつて...
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前橋市の旅行記 第二鳥居 第一鳥居を進めば第二鳥居、そしてその先に...
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前橋市の旅行記 御霊神社拝殿
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前橋市の旅行記 神楽殿 拝殿右手には神楽殿があります。
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前橋市の旅行記 「太々神楽」説明
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前橋市の旅行記 境内風景 境内の二の丸境界にも土塁が見られます。
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前橋市の旅行記 土塁跡 公園から三の丸(現在御霊神社)方向への道路...
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前橋市の旅行記 駐車場 公園化の中には駐車場が完備され、逆に戦国時...
前橋市の旅行記
前橋 ,上野大胡 頼朝御家人として赤城山麓を支配した東毛の大胡氏築城 大胡城訪問
前橋市の地域
前橋
前橋市への旅行者
滝山氏照
前橋市の旅行時期
2015/01/10~" . 2015/01/10
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

上野大胡 頼朝御家人として赤城山麓を支配した東毛の大胡氏築城 大胡城訪問

上毛電鉄大胡(おおご)駅から北進、かつての城郭の一部であった大胡支所を経て約10分の大胡城(おおごじょう、群馬県前橋市河原浜町)は平安時代に平将門の乱を平定した藤原秀郷(ふじわら・ひでさと)の流れを汲む系譜と伝えられる大胡氏が築城したとされます。鎌倉時代には御家人として源頼朝に臣従、南北朝時代では尊氏方に属しますが次第にその勢いが衰え、若松氏重臣である金山城主由良氏に奪われてからは箕輪城の長野氏に属します。 戦国時代後期では上野国は越後の上杉、甲斐の武田、小田原北条の三者が覇権を狙う係争地となり、大胡城も当然その争いに巻込まれますが、その後謙信並びに信玄の没を機に大胡城は小田原北条氏の勢力圏に組み込まれ、北条氏没落徳川家康の関東入部後は家臣牧野氏の知行地となります。 二の丸の空堀付近に立っている説明板によれば次のことが記されています。 「県指定史跡 大胡城跡 城跡は、南北に走る丘陵上にある平山城で、本丸を中心に二ノ丸を囲郭的に配し、北に北城(越中屋敷)、近戸曲輪、南に三、四曲輪があり、東は荒砥川が流れ、その間に根古屋、西には西曲輪の平野部が附加され、南北670m、東西最大巾310mの規模を測り、枡形門、水ノ手門虎口、空堀り、土塁等の跡が良く残っている。 城主は、大胡氏及び牧野氏であった。大胡氏は秀郷流藤原氏の一族で、東毛の豪族である。天正18年(1890)徳川家康の関東入部により牧野氏は大胡藩2万石に封ぜられ、康成、忠成二代の居城となった。元和2年(1616)に長嶺に転封後、前橋藩領となり、酒井氏時代に城代が置かれたが、寛延2年(1749)姫路へ転封し廃城となった。」   群馬県教育委員会
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前橋市の旅行記 上毛電鉄・大胡駅 大胡駅を下車、やがて車輌が出発す...
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前橋市の旅行記 大胡城跡入口 トンネルに入る脇には大胡城跡の案内板...
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前橋市の旅行記 二の丸 トンネルを過ぎると本丸南端(右側)と二の丸...
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前橋市の旅行記 二の丸 本丸を囲むような形の二の丸が広がり、本丸と...
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前橋市の旅行記 大胡城枡形門
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前橋市の旅行記 大胡城二の丸
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前橋市の旅行記 大胡城二の丸跡標柱・説明板
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前橋市の旅行記 説明板
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前橋市の旅行記 大胡城想像図
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前橋市の旅行記 大胡城二の丸 深い空堀が向かいの本丸を取り囲んで敵...
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前橋市の旅行記 大胡城本丸 二の丸から本丸への急峻な石段を捉えます...
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前橋市の旅行記 枡形門跡 二の丸内側から枡形門跡方向を捉えます。
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前橋市の旅行記 升形門跡 逆に二の丸外側から升形門を見ます。門跡に...
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前橋市の旅行記 水の手門跡
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前橋市の旅行記 欄干石材 中央部の欄干には「ねこやばし」と刻された...
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前橋市の旅行記 大胡城本丸跡展望 二の丸跡から本丸跡方向を一望しま...
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前橋市の旅行記 大胡城本丸跡 石段を昇り切ると石垣にて上段(奥)・...
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前橋市の旅行記 大胡城本丸跡標柱
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前橋市の旅行記 本丸土塁 二の丸側には他よりも極めて高い土塁が南北...
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前橋市の旅行記 本丸跡
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前橋市の旅行記 市街展望 大胡城本丸から市街展望、中程に荒砥川があ...
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前橋市の旅行記 本丸跡土塁 本丸跡の北側を土塁が走り、外側は堀切が...
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前橋市の旅行記 堀切 本丸跡と現在は保育園となっている北城(越中屋...
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前橋市の旅行記 本丸跡
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前橋市の旅行記 土橋 本丸北西部には本丸と二の丸とを繋ぐ土橋があり...
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前橋市の旅行記 土橋
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前橋市の旅行記 大胡城跡入口
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前橋市の旅行記 大胡歴史探訪寺社巡り地図 駅前の道路を北進すると途...
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前橋市の旅行記 大胡駅舎 無人駅が多い中で当駅は駅員が勤務していま...
前橋市の旅行記
前橋 ,「ぐんま花燃ゆ大河ドラマ館」を見に前橋へ。。。
前橋市の地域
前橋
前橋市への旅行者
かおニャン
前橋市の旅行時期
2015/03/04~" . 2015/03/04
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

「ぐんま花燃ゆ大河ドラマ館」を見に前橋へ。。。

2015年大河ドラマ『花燃ゆ』の文(井上真央)の姉、寿(優香)の夫 であり、久坂玄瑞や寿が亡くなった後の文の再婚相手の 「小田村伊之助(楫取素彦)」(大沢たかお)のゆかりの地でもある前橋で 『ぐんま花燃ゆ大河ドラマ館』が開催されてます。 テレビ放送の中で楫取素彦としてはまだまだ先ですが、 お天気も良かったので、車を走らせ行って来ました。 国道50号で前橋方面に走ってると、途中「彦根家住宅」という所があります。 平日は予約が必要だったようなんですが、たまたま見学させてもらえました。
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前橋市の旅行記 国道50号で前橋に向って行くと、途中に彦部家住宅の看...
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前橋市の旅行記 駐車場に車を止め屋敷の方へ歩いて行きます。
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前橋市の旅行記 彦根家住宅の案内
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前橋市の旅行記 長屋門の所でインターホンを押すと、 今もお住まいの...
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前橋市の旅行記 冬住み
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前橋市の旅行記 江戸時代後期に作られた古今雛や、昭和の段飾りが見る事...
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前橋市の旅行記 昭和段飾り
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前橋市の旅行記 古今雛…この雛人形はかなり貴重なもののようです。
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前橋市の旅行記 御殿飾り
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前橋市の旅行記 御殿段飾り
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前橋市の旅行記 母屋は寒いので、陽当たりの良いこちらの建物を建て ...
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前橋市の旅行記 最後に、彦部家住宅の母屋を見学... 建築年代...
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前橋市の旅行記 脇には高貴な方を迎え入れてた玄関があります。 吹き...
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前橋市の旅行記 旧寄宿舎
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前橋市の旅行記 竹林
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前橋市の旅行記 神橋
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前橋市の旅行記 平日は予約しないといけなかったようなのですが… 知...
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前橋市の旅行記 文庫倉
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前橋市の旅行記 穀倉
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前橋市の旅行記 搦手門
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前橋市の旅行記 搦手口
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前橋市の旅行記 野面積み 加工してない川原の石などを積んだ珍し...
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前橋市の旅行記 今の時期は梅が咲いてますが、四季折々で景色も楽しめる...
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前橋市の旅行記 土間
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前橋市の旅行記 広間…竹が敷き詰められてます
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前橋市の旅行記 馬屋
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前橋市の旅行記 中に入ると畳のお座敷があります。
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前橋市の旅行記 忘れちゃいましたが。。;有名な方の直筆だそうです
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前橋市の旅行記 元工場 今も日曜日に染物の実演など行ってるそう...
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前橋市の旅行記 素敵に花も生けてありました。 また次回ゆっくり...
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前橋市の旅行記 最後に梅の木を撮影して、前橋に向います。
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前橋市の旅行記 先ずは庭園から
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前橋市の旅行記 黄色いお花、名前なんだっけな~?
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前橋市の旅行記 庭園から見た臨江閣別館、梅が咲いてます
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前橋市の旅行記 天気が良いから、緑の少ない庭園も素敵に見えます
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前橋市の旅行記 臨江閣別館
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前橋市の旅行記 立派な松ですね@@
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前橋市の旅行記 臨江閣本館
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前橋市の旅行記 パネルにて、初代群馬県令の楫取素彦の説明が書かれてま...
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前橋市の旅行記 2階には明治天皇が滞在された部屋があります。
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前橋市の旅行記 前橋の歴史など...
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前橋市の旅行記 以前行った時、この広間はほとんどものが置いてない広間...
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前橋市の旅行記 臨江閣別館2階では、ひな祭りが開催されてました 2...
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前橋市の旅行記 新しいものから古めのものまでありました。
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前橋市の旅行記 御殿飾り
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前橋市の旅行記 いつから段飾りになったのかしら? 御殿飾りいい...
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前橋市の旅行記 五人囃子などの人形はその前に飾られるのですね
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前橋市の旅行記 昔話を基にしたひな人形
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前橋市の旅行記 桜を愛でてる人形?
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前橋市の旅行記 花さかじいさん
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前橋市の旅行記 御殿飾り
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前橋市の旅行記 紅い布がかかってないけど、これで豪華な感じに見えるか...
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前橋市の旅行記 本館別館どちらからでも入れますが 臨江閣の門か...
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前橋市の旅行記 臨江閣別館
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前橋市の旅行記 臨江閣本館の前で記念撮影できるようになってます。 ...
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前橋市の旅行記 入口には花燃ゆのポスター
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前橋市の旅行記 別館の方の畳の間
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前橋市の旅行記 楫取素彦と吉田松陰の妹たちの関係図
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前橋市の旅行記 前橋東照宮
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前橋市の旅行記 御祭神は徳川家康 日光のような派手さはありませんが...
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前橋市の旅行記 御由緒
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前橋市の旅行記 群馬会館
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前橋市の旅行記 ココにははいりませんでしたが、お土産とかも売ってるの...
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前橋市の旅行記 繭の形をしてますね
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前橋市の旅行記 県庁のビルではなく、昭和庁舎で 「ぐんま花燃ゆ大河...
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前橋市の旅行記 朔太郎通り
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前橋市の旅行記 後で知りましたが、栃木県庁の昭和館の建物を設計された...
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前橋市の旅行記 さて、今回来た目的は群馬県庁です。
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前橋市の旅行記 ぐんまちゃんの石像がありました。
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前橋市の旅行記 この時期はまだまだ空いてますね
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前橋市の旅行記 庁舎内に入るのにはお金はかかりませんが、 2階の大...
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前橋市の旅行記 可愛いキャラがお出迎え もとひこくんの両脇には...
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前橋市の旅行記 ドラマ館の中で唯一写真撮影が出来る場所です。 衣装...
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前橋市の旅行記 群馬から出た総理大臣などの展示もありますので、ドラマ...
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前橋市の旅行記 昭和庁舎の建物内もぜひ見てみるといいと思います。
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前橋市の旅行記 ライト
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前橋市の旅行記 一通り見たので帰ります。。。
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前橋市の旅行記 埴輪の馬さん…?
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前橋市の旅行記 前橋の循環バスかな?
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前橋市の旅行記 群馬県庁の周辺にはこの幟がたくさん見られます。
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前橋市の旅行記 臨江閣の近くには小さな遊園地もあるので、お子様がいる...
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前橋市の旅行記 前橋ではまず『臨江閣』を見に行きます。
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前橋市の旅行記 帰りにくわの家というケーキ屋さんに寄りました。
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前橋市の旅行記 目的のケーキがなかったので…
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前橋市の旅行記 ぐんまちゃんケーキと、ロールチーズケーキとキャラマカ...
前橋市の旅行記
前橋 ,上野上泉 剣聖といわれる新陰流上泉信綱生誕及び居城 上泉城訪問
前橋市の地域
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滝山氏照
前橋市の旅行時期
2015/01/10~" . 2015/01/10
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上野上泉 剣聖といわれる新陰流上泉信綱生誕及び居城 上泉城訪問

上毛電鉄上泉駅から徒歩約10分、桃ノ木川の河岸段丘に沿った上泉城(かみいずみじょう、群馬県前橋市上泉町)は天文年間、大胡城主大胡氏の一族である上泉氏によって築かれたと言われています。 上泉城二の丸跡に立てられた説明板によれば次の略記が載っています。 「上泉城 戦国時代の赤城南麓地帯は、その大半が大胡領と言われており大胡領は「大胡氏」によって領有されていた。 上泉城は、大胡城の支城として築かれ、一族の「上泉氏」が在城していた。 城域は、東西600メ-トル、南北400メ-トルに達し、県指定の「郷蔵」付近に、本丸と二の丸の跡が残っている。また、西林寺付近は一の郭玉泉寺付近は出丸跡と推定されている。 中世の末期、剣道史に名を残した上泉伊勢守信綱(かみいずみ・いせのかみ・のぶつな)は永正5年(1508)「上泉城」で誕生し、居住していたと伝えられている。 信綱は「新陰流」の祖で日本剣道史上の最高峰として、また「剣聖」ともうたわれ、その名は広く知られている。 新陰流の理と技は、柳生但馬守宗巌(石舟斎)らに伝えられ現在も脈々といきている。」     上泉伊勢守顕彰・生誕500年実行委員会 更に上泉伊勢守について同委員会作成パンフレットには次の通り記載されています。 「『剣聖』と呼ばれた上州人 ■新陰流を号す 新陰流の祖、上泉伊勢守は永正5年(1508)、上泉城主・武蔵守義綱の二男として生まれた。幼名を源五郎、後に伊勢守秀綱、さらに武蔵守信綱と改名する。 祖先は大胡氏の親戚にあたる京都の一色家、衰亡していた名門大胡家を再興した一色五郎義秀は大胡城を地元の大胡氏に譲り、康正元年(1455)、自ら約5キロ西の上泉に城を造り移り住んだ。これが上泉城であり義秀はその後、上泉姓を名乗った。上泉家初代であり伊勢守の曾祖父になる。 伊勢守は13歳で鹿島に赴き、松本備前守に入門。4年後に『鹿嶋神(傳)流』を伝授され第二世となった。 『中古、念流、新当流またまた院流あり、その外は計るに耐えず、予は諸流の奥源を究め陰流において別に奇妙を抽出して新陰流を号す』と自ら書いている。伊勢守が生み出した新陰流は、載りあいを理論付け体系化したもので、当寺としては画期的なものであった。陰流を誰に学んだかについては何もふれていないが、愛洲伊香斎に学んだとみられており、新陰流の源流は愛洲陰流とされる。 ■箕輪城・武田との攻防 当時の上州は北から長尾氏、西から武田、南から北条が進攻していた。藤岡には関東管領上杉氏が約120年間在城していたが、勢力の衰退とともに在住の勢力はそれぞれ新興勢力と通じるようになっていった。 伊勢守は公式には平井城の関東管領上杉氏の被官だった。最後の管領だった上杉憲正が越後に移住した後は、上杉方の三輪城主、長野業政と連携をした。その一方で、伊勢守の夫人が小田原北条氏にゆかりがあることから北条方とも連携をとっていた。 長野業政は約7年間の長い間にわたり数度に及ぶ武田勢の進攻を食い止めていた。だが、永禄4年(1561)11月に業政が没すると武田の攻撃は激しさを増し、ついに落城。業政の子業盛は19歳で自刃し家臣らも後を追った。落城の年代については永禄6年(1563)と同9年の二説がある。『箕輪町史』も両論を併記して落城の年代を結論づけていない。 箕輪城の攻防で伊勢守の武勇を知った武田信玄は再三にわたり伊勢守を招請した。しかし伊勢守は信玄の要請を固辞した。新陰流兵法をさらに修行し広めたいという気持ちがあった。同時にまた、武田に仕えれば新規召し抱えになるため、戦いになれば常に最前線で戦わされることも危惧したのではないか。 ■『新陰流』弘流の度 伊勢守の武将としての人生はここで終わったが、他家に仕えないことを条件に武田信玄から新陰流弘流の旅に出ることを許された伊勢守は、兵法求道者として京に向けて新たな旅立ちをした。55、56歳のころだったと推定されている。伊勢守は伊勢の国国主で太の御所北畠具教卿から、畿内有数の兵法者として大和・柳生の庄の柳生石舟斎宗巌の名前を知る。3日にわたる3度の試合に手もなく敗れた柳生石舟斎は伊勢守に師事。永禄7年(1564)、宗厳に請われ、柳生館で新陰流を教えていた伊勢守は嫡子秀胤が討ち死にしたとの報を受けた。いったん柳生谷を離れるが、翌年、再び柳生を訪ね同8年卯月、柳生石舟斎に新陰流を印可相伝、さらに同年8月には宝蔵院胤栄、同12年には丸目蔵人佐にも院可を与えた。」(一部抜粋)
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前橋市の旅行記 「剣聖 上泉伊勢守藤原信綱顕彰之碑」石標 墓所の前...
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前橋市の旅行記 剣聖上泉信綱公略譜
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前橋市の旅行記 上泉伊勢守之墓所全景
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前橋市の旅行記 墓石
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前橋市の旅行記 本堂 正式には恵雲山西林寺という漕洞宗の寺院で、天...
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前橋市の旅行記 上泉伊勢守墓所石標 上泉駅下車し浪華橋を渡って約1...
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前橋市の旅行記 (西林寺から北東方向に在る上泉城跡に移動) 二の丸...
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前橋市の旅行記 上泉城説明
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前橋市の旅行記 上泉城跡図 城跡図を見れば桃木川(東西)と藤沢川(...
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前橋市の旅行記 上泉伊勢守立像
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前橋市の旅行記 上泉郷蔵説明 寛政8年(1796)、年貢を一時的に...
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前橋市の旅行記 二の丸跡
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前橋市の旅行記
前橋 ,前橋市の歴史ある建物「臨江閣(りんこうかく)」
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前橋
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かおニャン
前橋市の旅行時期
2014/06/04~" . 2014/06/04
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

前橋市の歴史ある建物「臨江閣(りんこうかく)」

群馬県前橋市にある 『臨江閣(りんこうかく)』に行ってみました。 本館は明治17年11月に迎賓館として造られた建物だそうです。 別館は明治43年一府十四県連合共進会の貴賓館として建てられた 書院風建築です 見学時間…9:00~16;00(無料で見学できます)
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前橋市の旅行記 臨江閣(りんこうかく)
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前橋市の旅行記 【別館】から入ります。
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前橋市の旅行記 【本館】
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前橋市の旅行記 【本館】
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前橋市の旅行記 本館1階
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前橋市の旅行記 本館2階 明治天皇が泊まられたお部屋でもあります
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前橋市の旅行記 別館内部
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前橋市の旅行記 別館からみた庭園
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前橋市の旅行記 庭園の方にも行ってみました。
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前橋市の旅行記 つつじ
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前橋市の旅行記 紫陽花 臨江閣を後にし、少しドライブしました。
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前橋市の旅行記 茅葺屋根の建物も良い感じ
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前橋市の旅行記 庭園から見た臨江閣別館
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前橋市の旅行記 庭園の池って風情がありますね
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前橋市の旅行記 この時期は紫陽花なども咲き始めていました
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前橋市の旅行記 臨江閣別館
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前橋市の旅行記 大胡の道の駅横の風車
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前橋市の旅行記 途中に見た鳥居
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前橋市の旅行記 帰りは桐生回りで帰りました。 途中、桐生名物ソ...
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前橋市の旅行記 行列が出来るとか書いてあったようですが、早目だったか...
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前橋市の旅行記 ここで回りのお客さんが頼んでたのはソースかつ丼(ヒレ...
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前橋市の旅行記 このお店をよく知らない私らは、、 ソースとんか...
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前橋市の旅行記 言われた通りそのまま食べたら、衣がサクッとしてて美味...
前橋市の旅行記
前橋 ,上野前橋 家康に「関東の華」と言わしめた戦略的要衛地前橋城跡訪問
前橋市の地域
前橋
前橋市への旅行者
滝山氏照
前橋市の旅行時期
2014/08/13~" . 2014/08/13
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

上野前橋 家康に「関東の華」と言わしめた戦略的要衛地前橋城跡訪問

JR両毛線前橋駅から欅(けやき)並木の大通りを徒歩約30分、高層建物の群馬県庁や隣接する県警察本部となっている敷地前橋城本丸跡で戦国時代は厩橋(うまやばし)城と呼ばれていました。 築城時期は1490年(延徳2年)頃でこの地を治める箕輪城主長野氏の支城として長野方業(ながの・まさなり、生没不詳)が築城して石倉城と称し前橋城の前身となります。 天文20年(1560)上野国に進攻した小田原北条氏の攻略を受け北条氏の持城となり、方業は耐え切れず越後に逃れ越後の長尾景虎を頼ります。 永禄3年(1560)に越山した謙信は前橋城を取り返し方業を城代とし、以降この城は謙信の関東進出の拠点となります。 謙信の死後の天正7年(1579)当時の城代北条高広(きたじょう・たかひろ、1517?~1587?)が武田勝勝頼(たけだ・かつより、1546~1582)に攻められ高広は降伏し武田氏の持城となりますが、天正10年(1582)の武田氏没落後は織田信長の命を受けた滝川一益(たきがわ・かずます、1525~1586)が関東統治の取次役を兼ねて入城します。 然しながら同年6月本能寺の変にて信長が死去、後ろ盾を失った一益は神流川で小田原北条氏に敗れ上野国から撤退、その後は小田原北条氏の支配となりますが天正18年(1590)小田原城を巡る戦いで豊臣秀吉の命を受けた浅野長政(あさの・ながまさ)の攻撃を受けます。 滅亡した小田原北条氏の旧領を受けた徳川家康は関東の要衛に重臣を配置、平岩新吉(ひらいわ・ちかよし、1542~1612)を3万3千石を封じて前橋藩を新設、関ヶ原合戦後に甲府に転封された平岩の後を家康は譜代重臣である酒井重忠(さかい・しげただ,1549~1617)を入封させ以降藩主は9代続きます。 更に藩主は目まぐるしく替わり、寛保元年(1741)酒井氏は播磨国姫路に国替えとなり松平朝矩(まつだいら・とものり、1738~1768)が藩主となり、以降明治に至るまで松平氏が藩主を勤めることとなります。 上記松平氏治世下では前橋城は荒れ狂う利根川の浸食を被りますが松平氏はこれを修復する財力がなく、城を放棄し武蔵国河越城に移り、前橋は川越藩の飛地となり陣屋を置いたので前橋城は破却されます。 一方前橋領の再建と領主の帰城を求める声が大きくなり、松平氏の財力も生糸生産で回復したので、幕府の決裁のもと前橋城再築することとなり、慶応3年(1867)に松平直克(まつだいら・なおかつ,1840~1897)が入城するに至ります。 4年後の明治4年(1871)維新政府の廃藩置県政策で再築されたばかりの前橋城に前橋県の県庁が置かれ群馬県成立後も県都が前橋に移され老朽化して解体されるまで本丸御殿が群馬県庁舎として使用された経緯があります。 尚現在では二の丸跡には前橋市役所、三の丸跡地には前橋地方裁判所などの官公庁の公舎が集中して建てられ、現在ではすっかり市街化されてしまい土塁、石垣、堀などの一部が残っているだけの状態です。
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前橋市の旅行記 群馬県庁舎 厩橋城の本丸跡に高層33階建ての県庁舎...
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前橋市の旅行記 県検察本部
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前橋市の旅行記 群馬県庁舎 渡り廊下の左側は県議会建物のようです。
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前橋市の旅行記 群馬会館建物
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前橋市の旅行記 三の丸跡
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前橋市の旅行記 三の丸跡 石碑には「三の丸緑地」と記載されています...
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前橋市の旅行記 再築前前橋城復元図
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前橋市の旅行記 再築前前橋城復元図(図面拡大)
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前橋市の旅行記 三の丸跡
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前橋市の旅行記 三の丸跡
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前橋市の旅行記 三の丸跡
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前橋市の旅行記 三の丸周辺道路 城郭中央部を道路が貫通しています。
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前橋市の旅行記 城郭風景 交差点の陸橋から道路と樹木に遮られながら...
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前橋市の旅行記 駅前周辺地図
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前橋市の旅行記 JR両毛線前橋駅
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前橋市の旅行記 欅(けやき)街路 駅前広場から欅の樹木を左右に従え...
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前橋 ,上野前橋 家康祖父清康創建し外護者となった譜代酒井氏菩提寺 龍海院散歩
前橋市の地域
前橋
前橋市への旅行者
滝山氏照
前橋市の旅行時期
2014/08/13~" . 2014/08/13
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

上野前橋 家康祖父清康創建し外護者となった譜代酒井氏菩提寺 龍海院散歩

JR両毛線前橋駅北口から県庁に行く途中に岡崎龍海院(りゅうかいいん)の別院として漕洞宗の龍海院があります。 境内設置の縁起によれば享禄3年(1530)元旦、家康の祖父である三河岡崎城主の松平清康(まつだいら・きよやす、1511~1535)が「是」の字を左手に握る夢を見、「是」は「日の下の人」であり天下統一の端夢であるという模外(もがい)惟俊大和尚の予言を信じて同師を開山とし岡崎城下に一寺を建立し「満珠山是字寺龍海院」と名付けます。 然しながら松平家には既に菩提寺があったので譜代の酒井正親(さかい・まさちか、1521~1576)に龍海院の外護(げご)を命じ、以降龍海院は酒井氏の菩提寺となります。 天正18年(1590)家康が関東入国となり正親二男重忠(しげただ、1549~1617)もこれに従い同年川越に移転、慶長6年(1601)前橋に移転することになり、万治元年(1658)当地に寺院を建立します。(岡崎にある龍海院は慶長6年(1601)岡崎藩主となった本多康重(ほんだ・やすしげ、1554~1611)により再興されます) 龍海院の境内には幕府大老を勤めて「下馬将軍」と言われた四代忠清(ただきよ、1624~1681)の建立という本堂、山門、鐘楼、位牌堂、禅堂、開山堂などがあります。 尚境内には酒井氏初代の重忠から15代までの歴代当社の墓石があり、途中酒井氏は寛延2年(1749)に姫路へ転封となりますが以降の藩主も当菩提寺に葬られ歴代藩主は墓参を欠かさなかったとのことです。
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前橋市の旅行記 仁王門 二階建ての仁王門(山門)は見応えがあります...
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前橋市の旅行記 有栖川宮御祈願所 仁王門右側に「有栖川宮御祈願所」...
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前橋市の旅行記 仁王門 左右には寺号「龍海院」及び山号「大珠山」と...
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前橋市の旅行記 龍海院縁起等説明
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前橋市の旅行記 酒井氏菩提寺説明
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前橋市の旅行記 仁王像・右
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前橋市の旅行記 仁王像・左
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前橋市の旅行記 龍海院本堂 正式には「大珠山是字寺龍海院」という漕...
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前橋市の旅行記 本堂扁額 「大雄殿」と刻された扁額が見えます。
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前橋市の旅行記 酒井氏廟入口
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前橋市の旅行記 前橋藩主酒井氏歴代墓地
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前橋市の旅行記 墓地表門
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前橋市の旅行記 歴代墓地レイアウト
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前橋市の旅行記 墓地内部
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前橋市の旅行記 墓地内部
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前橋市の旅行記 墓地内部
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前橋市の旅行記 初代藩主酒井重忠墓
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前橋市の旅行記 初代藩主酒井重忠と室の墓
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前橋市の旅行記 酒井重忠夫妻墓の柱標
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前橋市の旅行記 酒井重忠夫妻説明
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前橋市の旅行記 酒井重忠夫妻の戒名碑
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前橋市の旅行記 廟内部
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前橋市の旅行記 廟内部風景 酒井重忠夫妻墓から表門方向を捉えます。
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前橋市の旅行記 酒井忠世墓 初代藩主酒井重忠の長男で将軍秀忠・家光...
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前橋市の旅行記 酒井忠世説明
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前橋市の旅行記 鐘楼堂
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前橋市の旅行記 龍海院入口 入口の左右には石燈籠その奥には仁王像が...
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前橋市の旅行記 龍海院参道 車輌が出入りできる参道は敷地の広さがあ...
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前橋 ,上野国分寺遺跡 (前橋市)を行く 上州の山々 山王廃寺
前橋市の地域
前橋
前橋市への旅行者
義臣
前橋市の旅行時期
2014/06/29~" . 2014/06/29
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

上野国分寺遺跡 (前橋市)を行く 上州の山々 山王廃寺

十数年ぶりの前橋の国分寺遺跡へ訪れました。 強烈な雨 と 青空に翻弄されながら。 史跡 上野国分寺遺跡 http://www.pref.gunma.jp/03/x4510005.html 史跡 山王廃寺 http://www.pref.gunma.jp/03/x4500027.html 義臣旅記 2007  山王廃寺発掘調査現場一般公開ー1 http://4travel.jp/traveler/jiiji/album/10200684/ 発掘調査現場一般公開ー2 http://4travel.jp/traveler/jiiji/album/10205684/ 発掘調査現場一般公開ー3 http://4travel.jp/traveler/jiiji/album/10205822/
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前橋市の旅行記 平成の初めの頃 古代瓦に興味があって  各地の...
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前橋市の旅行記 前橋市総社町あたり
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前橋市の旅行記 彼方には 赤城山が 付近は 区画整理の最中
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前橋市の旅行記 区画整理のできた付近、、  国分尼寺の様子の見...
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前橋市の旅行記 寄らずの行ったのに  急な強い雨   取...
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前橋市の旅行記 関越道 前橋IC降りて 15分ばかり走れば  ...
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前橋市の旅行記 金堂基壇から塔基壇を 見る
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前橋市の旅行記 発掘調査中
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前橋市の旅行記 古代の方式  版築で復元された 平成の築垣、、...
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前橋市の旅行記 何が出来たのか、何が見えたのか ワクワクするものがあ...
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前橋市の旅行記 築垣 と 発掘現場
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前橋市の旅行記 版築の築垣   古代の方式で復元 その苦労が見...
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前橋市の旅行記 いたずらもされずに 美しい姿を。。  地元の人...
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前橋市の旅行記 上野国分寺史跡の整備が始まったのが 1998年 昭和...
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前橋市の旅行記 その後、、古代瓦も消え去って 出来上がっていた展示館...
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前橋市の旅行記 国分寺 建設の詔が741年に発せられて 上野国...
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前橋市の旅行記 資料館へ、、
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前橋市の旅行記 係の方から  十年前より幾分整備されて ...
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前橋市の旅行記 車へ 戻りながら足元に気をつけて  遺跡を戻り...
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前橋市の旅行記 雨は止んで。。
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前橋市の旅行記 本物の石ですよ  プラスチックではありません(...
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前橋市の旅行記 金堂基壇  石も少し乾いて来ました。
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前橋市の旅行記 榛名山 でしょう 位置から見て  晴れてきたよ...
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前橋市の旅行記 シロツメクサだけの遺跡  他の雑草は見つかりま...
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前橋市の旅行記 その昔からの表示板  すこし痛んできてます。
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前橋市の旅行記 指示通りに  総社付近の区画整理でできた道を来...
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前橋市の旅行記 近くの妙見さんのお祭りもあるようで  此処へ来...
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前橋市の旅行記 山々が綺麗。。  さっきの豪雨は何処へ。
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前橋市の旅行記 染谷川
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前橋市の旅行記 小川も流れ  蛍でも見られそう。
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前橋市の旅行記 新しく出来た橋を渡れば  国分寺遺跡  ...
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前橋市の旅行記 将門の乱でここを占拠されたり  浅間山の噴火で...
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前橋市の旅行記 遺跡が佳くここまで残さらていたのがり難い。
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前橋市の旅行記 妙見さん
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前橋市の旅行記 駐車場
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前橋市の旅行記 位置図
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前橋市の旅行記 折角なので  上野国分寺より以前に作られた ...
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前橋市の旅行記 発掘現場は埋め戻され  日枝神社だけが。 ...
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前橋市の旅行記 日枝神社
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前橋市の旅行記 石のしび
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前橋市の旅行記  詳しくは  山王廃寺遺跡一般公開をご覧くださ...
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前橋市の旅行記   雲行きが怪しい    急いで、、帰ります ...
前橋市の旅行記
前橋 ,GWは群馬県・栃木県へ 3
前橋市の地域
前橋
前橋市への旅行者
仲良し
前橋市の旅行時期
2013/05/03~" . 2013/05/05
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

GWは群馬県・栃木県へ 3

最終日 3日目 前橋市を廻りました 須賀の園→敷島浄水場→旧国立原蚕種製造所前橋支所事務棟→臨江閣→JR高崎駅→帰宅
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前橋市の旅行記 朝一 『須賀の園』へ
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前橋市の旅行記 観光客は私たち夫婦だけ 素晴らしい時間を独り占めする...
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前橋市の旅行記 移動し『旧国立原蚕種製造所前橋支所事務棟』へ
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前橋市の旅行記 次は『臨江閣』へ
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前橋市の旅行記 次は『敷島浄水場』へ 普段ではなかなか見学する...
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前橋市の旅行記 本日最後は『JR高崎駅』 お昼と夕食用の駅弁を...

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